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官僚から社会人博士への道 vol.12 ~意外と知らない中間審査(アップグレーディング)の話~

この記事は官僚である筆者が自主休職して社会人博士を目指す様子をお届けする雑記帳である。

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僕が所属するイギリスの大学院の博士課程では入学1年目の7~11か月ごろにアップグレーディング試験といういわゆる中間審査を受けることが義務付けられている。このたび、その審査に晴れて合格することができたので記事にしたい。

 

 

アップグレーディング試験とは

アップグレーディング試験は、博士課程1年目の学生が博論の執筆に向けて正しい方向に進めるよう早期に外部の目で進捗を評価することを目的としている。内容としては、学生が研究計画書を提出するとともにそのプレゼンをして、他の学生や先生方からの質疑応答に耐えきるという内容である。

 

これに合格するとようやく研究のデータ集めを開始する資格が与えられる。また、肩書的にもそれまでの修士号扱い(MPhil)、つまりPhD学生 ”見習い" だったのが正式なPhD候補生に昇格することになる。

 

このアップグレーディング試験が終わってしまえば、公式な試験はもう最終審査(viva)まで何もないので、博士課程の学生にとっては最初の大きな山場といったところだ。

 

 

準備が大変

事前準備は大きく分けると研究計画書の執筆、発表スライド作り、質疑応答の備え、この3つになる。

 

研究計画書は数か月かけて指導教官や外部アドバイザーに何度もコメントを貰いながら作成していく。指摘に対応して加筆していくうちに、参考文献を除いて1万7千字というなかなかの分量になった。プレゼンもこの計画書の流れに沿って作成していく。

 

ちなみに試験官は3人いて、試験2週間ほど前、遅くとも1週間前には彼らに計画書を送付しなければならない。それぞれが当日までに研究計画書をみっちりと読み込んでくるからだ。

 

本番では何ページに書いてある●●についてはなぜこうなっているのか、といった具合に質問が飛んでくるので、隅々まで想定問答を用意しておく必要がある。

 

当然ながら質疑は英語であるのだが、非ネイティブにとってはこれが辛い。英語で話すことに脳のメモリが一部使われてしまう。日本語でなら適当に話しながら内容を整理する時間を稼いだり手持ちのデータでうまく誤魔化せる内容であっても、英語だとそうスムーズにはいかない。

 

筆者は質疑応答までは極力脳みその消耗を防ぎたかったため、プレゼンにはすべて読み上げ原稿を用意した。これは非ネイティブ(というかアジア系の友人)の間で脈々と受け継がれている必勝法で、間違いなくプレゼンの質は向上する。原稿を作っていく過程で自分の理解も深まるのでおススメする。(カンペなんて邪道だと考える方もいるかもしれないが、たどたどしい説明を聞かせるよりはよほどお互いのためだと割り切っている。)

 

指導教官によっては模擬試験の場をセットしてくれる人もいるので、機会があれば肩ならしに是非お願いすると良いだろう。

 

いよいよ本番

試験の厳しさは大学院によってかなり差があるようだが、僕の大学では最初の1時間が公開セッションで、30~40分間のプレゼンテーションを行った後に20分間の公開での質疑応答。続いて、非公開の場で3名の試験官からの質疑応答が1時間半強あり、その後すぐに合否の通知という流れ。試験官だけでの審議の時間も含めると計3時間にも及ぶ長丁場であった。

(ちなみにインペリアル・カレッジで博士号を取った指導教官は、試験全体で1時間ほどだったと語っていた。)

 

公開での質問も日本のようにシーンと静まり返るようなことはなく、聴衆の学生たちから質問が飛ぶ。人にもよるだろうが、この公開セッション中は世間一般の人が持つような好奇心に基づく質問が多くなるように思う。

 

辛いのは非公開セッションで試験官、すなわちバリバリ現役の研究者たちから飛んでくる質問の方だ。筆者に投げかけられた質問をいくつか抜粋すると以下のような感じ。

  • A→B→Cという順番で研究を進めるが、Aで仮説がゆらいだ場合BとCはどうするのか。
  • 400件分のデータを集めるとあるが、統計的にはどのような根拠でそうなったのか。
  • データを集める対象はこの範囲で過不足がないのか。
  • データを集める際、なぜ他の手法ではなくこの手法を選ぶのか。それにはどういうメリット、デメリットがあるか説明できるか。

などなど。これらの議論を通じて研究デザインの弱いところを埋めていき、その後の2年間の研究活動を経て博士号を取得できる可能性をなるべく高める。

 

結果の振り返り

アップグレーディング試験の結果は4通りある。①無条件合格(修正なし)、②条件付き合格(指導教官との微修正)、③条件付き合格(指導教官+試験官との修正)、そして④不合格(再試験) だ。①は稀だが、④の不合格もかなり珍しい。上に書いた試験の趣旨を踏まえると、よっぽど方法論に修正が入らない限りは問題ないと思われる。筆者は②だった。

 

とはいえ、方法論の大幅修正は全くないとは言い切れない。というのも、博士課程ともなれば指導教官が一言一句まで自分の研究のお守りをしてくれる訳ではないからだ。

自分の場合も、合計2か月くらい指導教官に計画書の確認の時間を設けたが、結局読んでくれたのは初稿と最終稿のみで、コメントバックがあったのは初稿のみだった。

 

本番で大幅修正を喰らわないために学生側ができることとして、自分自身で内容をよく推敲し、プロジェクトを自分事化するというのは当然ある。加えて、より多くの外部の目に見てもらうというのも大事だろう。そのためには早めの準備をして、指導教官以外の研究者からもフィードバックを受ける機会を十分に確保することが重要だ。

 

 

以上、中間審査(アップグレーディング試験)の実態についてご紹介した。イギリスやアメリカの大学院の博士課程では中間審査があるのが一般的なので、多少なりとも参考になれば幸いである。