先日、光栄なことに論文の査読をする機会をいただいた。
筆者は博士課程の学生をしている身分なので、最初にメールが届いたときは(自分なんかに査読依頼が来るなんて!)と驚いた。しかも自分の分野ではけっこう大手の専門誌からだった。ひとまず指導教官に相談してみたところ、「3点確認してくれれば構へんで」とのこと。
1点目は分かりやすくて、論文の内容を評価する専門性に自信があるかどうかということ。なお、査読を依頼された段階のメールには論文の原稿は添付されておらず、タイトルと抄録(アブスト)しか判断材料がないので、大体いけるんじゃないか、といった程度の見切り発車をするしかなかった。
2点目は、その論文の著者たちや論文の内容に対して利益相反がないかということ。例えば、論文の著者が自分の研究プロジェクトに密接に携わっているだとか、論文が公表されることによって金銭的な恩恵を受ける立場にあるとか、要するに忖度して甘く(あるいは不当に厳しく)審査したくなりそうな関係があるときはそれを隠してはいけない。
3点目は、依頼をしてきた雑誌がいわゆるハゲタカジャーナルではないかということ。もしそうなら、最悪の場合、自分の審査結果によらず、科学的に正しくない論文が採択されてしまうかもしれない。
僕の場合、上記3点がクリアできてしまったので、これは一丁やってみますか、という話になった。
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さて、いよいよ編集者から原稿が送られてきて査読がスタートしたわけだが、読み始める前に注意すべき点が1つある。それは、査読中の原稿の内容について他の誰かに相談してはいけないということだ。
査読者には守秘義務があるので、もしどうしても論文の内容を誰かに相談しなければならない場合は事前に編集者と著者に了解を取らなければならない。
生理学や医学分野のようにノーベル賞を狙って競争を繰り広げているような分野では実験上の工夫1つでさえ重要な企業秘密にあたるのである。*1
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まだ世に出ていない論文を読むのはとてもワクワクする。しかし、査読である以上、どんなことをチェックしなければいけないのかを意識して批判的に読まなければならない。世の中便利になったもので、波多江崇(2014)論文査読のポイント
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsp/33/2/33_98/_pdf/-char/ja
という文献にあるチェックリスト8項目がとても役に立った。以下、引用する。
① 論文の内容が学会の領域に合致しているか?
② タイトルおよび本文がストーリーとして成立しているか?
③ 要旨は本文の内容を反映しているか?
④ 諸言に研究の背景と目的が明記されているか?
⑤ 適切に文献が引用されているか?
⑥ 方法は目的に対して適切か?
⑦ 方法に記載された内容が、すべて結果に記載されているか? 結果に記載されている内容が、すべて方法に記載されているか?
⑧ 考察が飛躍しすぎていないか?
各項目の説明は原典を御覧いただくとして、僕が実際にこのチェックリストを試してみた感想だが、驚くほど多くの項目がひっかかった。僕が査読した論文は博士課程の学生が筆頭著者で、率直にいってアカデミック・ライティングの基礎的な部分に多くツッコミを入れざるを得ないレベルだった。責任著者は超大御所の教授だったが、超多忙な人でもあるので、きっとまともに読んでいないのだろうな、という研究室事情も透けて見えた。
内容としてはなかなか面白いし、自分の研究テーマにも役立ちそうなデータも詰まっているのだが、方法論と結果の示し方がかなり粗いため、正しい分析が行われているかが判断しづらい。英語を読むのに時間がかかるということもあって丸一週間ほどをたっぷり費やした後、僕としては期待も込めて大幅修正(Major Revision)という判断を下させてもらった。
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1か月ほどして、僕以外の査読者3名の査読結果をすべて総合した判定が編集者から送られてきた。他の査読者も僕と同じく「大幅修正」の評価であった。
他の査読者が自分と同じことを指摘していたので、読み方が間違っていなかったことに正直ホッとした。また、僕が何となくモヤモヤしながらもその理由を言語化できず流していた懸念についても的確に指摘している人がいて、なるほどな~と勉強にもなった。
本来であれば、「大幅修正」を踏まえて論文の著者が再度原稿を書き直し、再度査読が行われるはずだったが、残念ながら今回の著者は諦めて原稿を取り下げてしまったので、それ以上の査読をすることはなく、僕の初めての査読もそこで終了した。
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査読は報酬ゼロのボランティア活動である。正確に言うと、その出版社から次回論文を出すときに使える投稿料の割引券などはもらえるが、実質的には知的なワクワク感が唯一の報酬と言ってもいい。
今回、自分が査読する側に回ってみて、かなり時間と労力を要する作業であることを認識できた。出版社は筆者から論文1本あたり数十万円をもらって掲載してもらっていることを考えると、やりがい搾取もいいところだなと思わなくもない。
査読の作業を報酬制にすることによるメリット・デメリットはこちらの記事が非常に面白いので興味のある方は是非。
CA2048 – 動向レビュー:査読は無償であるべきか? / 佐藤 翔 | カレントアウェアネス・ポータル
ただ、博士学生として今後も査読論文を投稿する僕自身からすると、論文を審査する側の作業や気持ちをひと通り体験できたのが非常に有意義であった。アカデミック・ライティングの基本を丁寧になぞるだけでも査読者が持つ印象はきっと随分良くなるだろうし、読者に余計な負担をかけずに済むので、より有益なアドバイスがもらいやすくなりそうだ。
楽な作業ではないが、機会があれば是非挑戦していただければと思う。