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官僚から社会人博士への道 vol.10 ~査読論文ってのがありまして。博士課程に進む前にやっておくべきこと~

この記事は官僚である筆者が自主休職して社会人博士を目指す様子をお届けする雑記帳である。

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博士課程に進みたいという人に対して、これはやっておいた方が良いよと確実に言えることが1つある。

 

博士学生になる前に査読論文は一度は書いて投稿してみた方がいい理由は2つある。

 

いらすとや さんより

1.博士学生は論文を書くのが仕事だから

博士課程の学生にとって論文を書くことは唯一無二の活動であり存在意義でもある。その作業が実際どういうことなのかを事前に体験できるからだ。

 

査読論文は修士論文より求められるクオリティが高く、そのクオリティの内容を数本分盛り込んだものが博論となる。「修論を書いたことがあるから大体分かるわ」と思っている方は思わぬ落とし穴にはまるかもしれない。

 

まず、修論の場合は研究の背景の整理、研究計画、データ集め、分析といった過程がしっかりしていれば、結果が多少カンペキでなくても受理される。モデルの計算結果が少し不出来だったり、集めた試料がコンタミなどで少し足りなくなったとしてもある程度の水準を満たしていれば落第にはされない。しかし、査読論文の場合は結果も含めて十分な水準でなければならない。

 

また、論文を書く作法は様々あり、各ジャーナルの執筆者ガイドに載っている取り決めから、その前提としての暗黙の了解のようなものまで幅広い。例えば文献の引用のしかたであったり、査読者への回答のやり方であったり、一度やってみると嫌でも覚えることだが、書いたことがなければ全く知らないであろうことばかりだ。

 

求められるハードルを知っておく意味というで、博士課程に進む前に査読論文に挑戦することは確実にプラスに働くだろう。

 

もし論文を書く作業が思っていたよりつまらないと感じるなら実は博士課程はあなたがやりたいことではないかもしれない。それを事前に知ることも重要なことだ。

 

2.周囲の人たちの会話についていきやすい

博士課程であなたの周囲にいる人たちの多くは研究者だろう。彼らの仕事も究極的には論文を書いて業績をあげることなので、当然ながら論文を書くことは日常の一部だし、基本的には論文を書いたことがある人しかいないコミュニティだ。

 

分からないことがあれば周囲に聞きながらやっていけば何も問題はないのだが、メンタル的には論文を書いたことがない状態でこの研究者コミュニティにい続けるのは少しつらいものがある。

 

また、実務的にも暗黙の了解のようなものを知らないと面食らうかもしれない。

例えば、オーサーシップ(著者順)などは単著で書くことが前提の修士論文しか書いたことがない人であれば最初はルールに戸惑うだろうし、文系と理系でも少しずつ考え方が違う(文系は単著を重視するが理系で単著はかなり稀)

 

論文の投稿先を選ぶ際の指標となるインパクトファクター(IF)にしたって、修士論文しか書いたことがなければ見ないものだ。しかも、理系分野では良い指標と言えるかもしれないが、経済誌だと五大誌と言われる超一流ジャーナルのIFは10前後とあてにならなかったりもするので、ジャーナルの相場観を知らないと思わぬ恥をかかないとも限らない。

 

おわりに

もし査読論文を出してみようという方は最初は日本の学会誌でもいいと思う。ただ、せっかくなら英語の査読論文の方にチャレンジできると良いだろう。当然ながら日本語の論文は基本的に日本人にしか読めないし引用されづらい。よって、英語の論文よりもインパクトが大幅に小さくなる。

 

題材は修士論文で扱ったものを査読論文に仕上げたいといって指導教官に相談するのが一番手っ取り早い。良いデータが手元にないという人であればレビュー論文を書くという手もあるだろう。

 

結果として査読に落ちたとしてもそれはそれで良い経験というか、ざらにあることなので、落ち込まずにいきたい(自戒)。

 

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