筆者は官僚を休職して社会人学生をしている。学んでいるのは「スラム」についてだ。
現在の日本にはいわゆるスラムは存在しない。よって、スラムに関する知識が日本での仕事に役に立つことはほぼないだろう。
しかし、日本と対極にあるような世界だからこそ心惹かれるというのもまた事実である。今回の記事では、筆者が実際に歩いてきたケニアのスラムのリアルな実情をお届けする。
スラムとは?
まず、スラムとはどんな場所なのか。国連の定義では以下の条件を1つ以上を満たせていない家が集まった都市部の地域を指す。
- 厳しい気候から永続的に守ってくれる頑丈な家がある
- 家が十分に広くて、1つの部屋をシェアしている人数が3人以下
- 十分な量の安全な水を安く簡単に手に入れられる
- 公共あるいは私有のちゃんとしたトイレが利用でき、そのトイレを利用するのは妥当な人数である
- 強制立ち退きを防いでくれる賃借権が保障されている
まず1つめの条件、家については基本的にトタン板やレンガなどで応急的に作られた家が多い。ドアがないこともしょっちゅうで、入口にかかった布切れが唯一の仕切りであることも。セキュリティは無いに等しい。
スラムにはたくさんの長屋があり、その1室1室、四畳半くらいの空間には一家5,6人がひしめいて生活していたりする。
そんな家にも実はちゃんと大家がいて、家賃を徴収している。立地や条件によって家賃が変わるのは日本の賃貸と同じ。ナイロビのスラムでは月に数千円というのが相場だ。
ちなみに、住民1人当たりの月収はたいてい1万円以下で、多くの人は5千円以下だ。つまり、1日当たりに使えるのは単純計算で100~200円ということになる。
4つめの条件のトイレについては、多くの人がぼっとん便所を利用している。長屋にトイレがない場合は家賃が少し安くなるが、その分、公衆トイレを使わなければならない(料金は1回約10円)。
5つめの条件、強制立ち退きというのは日本人にとってはよく分からない話かもしれない。これは、家賃を払っていても強制的に立ち退きを迫られることがあるということだ。それも行政によって。
日本では考えられないが、基本的にスラムは住民が政府の所有地に勝手に定着してしまっているケースが多い。よって、政府がもし新しい道路や建物を作りたいという話になれば、強制的に家を壊してでも立ち退きをさせることがあるのだ。
スラムにも個性がある
意外ではあるが、一口にスラムと言っても、その特徴は千差万別である。
ナイロビ市内にもスラムは大小あわせると100以上あるとされている。僕が歩いたのはそのうちほんの5,6か所だが、すべて違った景色が広がっていた。
まず、スラムにも実は格というのがある。豊かさ、あるいは発展の度合いと言い換えてもいいだろう。
ナイロビで有名なのは世界最大級と言われるキベラスラムだ。このスラムは歴史も非常に古い。都市中心部という利便性の高い立地のおかげで、人が人を呼び、人口密度は特に高い。
僕が滞在していたゲストハウスの警備員さんもこのキベラから通っている人だった。市内には家政婦や露店など、多くの職があり、おかげで他のスラムよりもやや裕福だそうだ。
キベラは世界的に有名ということもあって、数多くのNGOが参入しているという特徴もある。水道やトイレ、学校や病院などをNGOが投資して設置していることから、他のスラムよりもしっかりした村という感じを受ける。
だが、”その他多数”のスラムではキベラのようにはいかない。例えば、郊外にあるナイロビで3番目に大きいスラムは、成立した年代が新しく、キベラほど名前が売れていない。そして、郊外にあるため、お金になる産業も乏しい。
その結果、住民の多くは付近のごみ処分場から拾ってくる金属や有価物のリサイクルに依存して生計を立てている。収入は相対的に低く、有害な作業に携わるため健康リスクも高い。こうした条件のため、低所得者が集まり、犯罪率も他のスラムより高い。
一方、どのスラムにも共通している点もある。それは警察や政府がスラムの住民にとって味方ではないということだ。
先に強制立ち退きの話を挙げたが、それはほんの一例である。
他にも、ごみの不法投棄や密造酒、売春、薬物の売買など、あらゆる不法行為は基本的に賄賂があれば見逃され、賄賂を払えない者は逮捕される。違法行為だけでなく、露店の商売に対するみかじめ料など、あらゆる活動にイチャモンを付けて賄賂を請求する。そんな警官たちのことを住民たちは「Tax Collector」と呼んで敵視している。
もう1つの共通点はスラムがギャングにとっての温床だということだ。
スラムには多くの人が流れ着いて、短期間にころころ居場所を変える。そして、警察や行政がまともに機能していない。これらの特徴はいずれも犯罪者が潜伏するのには都合が良い。
特に、警察が帰った夜間にはギャングが活発に活動するため、スラムには決して近づいてはいけない。
(後編に続く)